中国人学生を積極的に受け入れ、東大などに多数合格者を出す暁星国際高校
前回と前々回の記事で、日本の大学進学を目指す中国人専門の受験予備校と、日本語学校について取り上げた。「日本の大学に進学したい!」と切望する中国人の需要に呼応する形で生まれ、成長する教育ビジネスの実際は、中国について長年取材をしてきた私にとっても知らないことばかりで、驚きの連続だった。
■普通高校でも中国人の学生を受け入れ
取材の過程で、こうした「在日中国人向けビジネス」とは異なり、日本の普通高校でも「中国人の学生を受け入れたい」と考える高校がけっこうある、という話を小耳に挟んだ。少子化で生徒集めに苦心する学校も多い中、若く優秀な中国人留学生(高校生)を受け入れて、日本の有名大学に次々と合格者を出している高校が存在するという。千葉県にある暁星国際高校だ。
千葉県西部にあるJR木更津駅で下車し、暁星国際高校に向かった。駅から離れていてバスも少ないということで、タクシーに飛び乗った。運転手さんに「ちょっと不便ですけど、中国人のお客さんも乗りますか?」と聞いてみると、「いますね。きっと中国人の親や教育関係者だと思いますよ。紙に日本語で行き先を書いて渡してくれます」という答えが返ってきた。
山あいの道をかなり走って到着したのは20万平方メートルという広大な敷地を持つ学校法人、暁星国際学園だ。キリスト教の精神に基づき、1979年に設立。当初は東京・九段にある暁星学園とのつながりがあった。小中高校までが同じ敷地内で、多くは寮生活を送っている。同校で長年教鞭をとり、中国人留学生の対応に奔走してきた寺井義行教頭を訪ね、話を聞かせてもらった。
寺井教頭によると、暁星国際高校の生徒は全部で400人。その4分の1、つまり約100人が中国からやってきた留学生たちだ。各学年ともにレギュラーコース(特進コース)、インターナショナルコースなど特色ある4つのコースに分かれており、中国人は全員レギュラーコースに在籍している。中国の高校で1年目を終えたあと、日本の1年生に編入し、日本語とともに日本の各教科を勉強する。
中国の高校で基礎的な日本語は学んでくるが、まだ流暢に話せるわけではない。それでも、羽田や成田に到着した翌日には、高校の授業に放り込むという。授業は朝7時半から午後3時過ぎまで。放課後は補講を受けたり、図書館や寮で夜10時過ぎまで勉強したりする。
すべて日本人と同じ条件で寮生活を送っており、異なることといえば、休日に親から渡された銀聯カード(中国のクレジットカード)で買い物することや、まとまった休暇に中国に帰省することくらいだという。未成年である10代の中国人高校生を受け入れることは心配な気もするが、「これまでに一度もトラブルはないです。むしろ、校内の活性化、偏差値向上に一役買ってくれています」と寺井教頭は笑顔を見せる。
それもそのはず、彼らの進学実績はめざましい。東大、京大、大阪大、名古屋大、東工大、早稲田、慶應、東京理科大……。同校がこれまであまり卒業生を送り込めていなかった大学に、中国人留学生らが続々と入学するようになった。
特に東大には毎年2~3人合格者を出し、同校の進学実績をぐっと引き上げている。今ではその評判が千葉県内外にじわじわと広がるようになり、全国の高校から「参考にしたい」「どうしたらいいのか」と視察にやってくるほどになったという。
なぜ、同校は日本のごく普通の私立高校でありながら、中国の高校生とつながることができ、このような実績を叩き出せるまでになったのだろうか?
「きっかけは20年以上前、1994年頃でした。中国と仕事で関係のある日本人の保護者から、『日本の高校に留学したいといっている知り合いの中国人の子どもがいるのですが、受け入れていただけないでしょうか』という問い合わせが入ったことでした」
半信半疑だったが、当時の校長が中国に飛び、詳しく事情を聞いてみると、確かにそのような要望が多いという。その頃からすでに中国人には経済的な余裕ができ、子どもを欧米に留学させようという気運が徐々に高まっていたが、教育レベルが高く、距離的にも近く、安全な日本は「高校生の留学先として最適」だと考えている父兄がかなりいることを知った。
■来日早々、模試で好成績
そこで、まず北京の清華大学付属高校、東北師範大学付属高校などから3人の学生を受け入れてみたのだが、来日早々、寺井教頭は彼らに度肝を抜かれた。
「いやぁ、とても驚きました。まだ日本語がろくにできない時期でしょ。それなのに、最初の全国模試でいきなり数学や物理で偏差値70以上を取ったんですから」
2年後、その留学生のひとりが同校の東大合格者の第1号となった。以後、蘇州高校、上海の復旦大学付属高校、大連育明高校などの進学校と提携を結び、中国から続々と高校生を受け入れるようになった。近年は提携校に限らず、他の保護者や中国人卒業生からの紹介、留学エージェントなど複数のルートも構築し、ますます太いパイプができてきたという。
高校生たちはアニメやアイドルなどの影響で、もともと日本に対する好印象を持っていることや、「できるだけ早い段階から海外で学ばせたい」という両親の勧めによって日本留学を決めるという。彼らの場合、私が以前の記事で書いた受験予備校などを経るケースとは違い、中国でいい大学に進学できないから日本を選ぶのではなく、より幅広い選択肢の中で、チャンスを求めてやってくる。
寺井教頭は言う。
「希望すれば誰でも日本に来られるわけではなく、提携校での選抜試験などをくぐり抜けてやってくる優秀な生徒たちです。日本人と少し違うな、と思うのは、何事にも積極的でパワーがあり、よく勉強すること。どちらかというと理系の大学を目指す生徒が多く、学校としても、それに対応して、数学と理科の授業に力を入れています」
■日本人学生にもよい刺激を与えている
寺井教頭が特に彼らを「頼もしい」と感じるのは、英語の授業の時だ。日本人の学生はネーティブの教師が話しかけると恥ずかしがってなかなか答えられないが、中国人学生は臆することなく、積極的に手を挙げて英語で発言するという。
「春節(中国の旧正月)の時期、中国人学生が一斉に帰国してしまうと、授業が急に静かになってしまい、先生方は困ってしまうそうです。中国人学生がいることで授業全体が活気づき、日本人学生にもよい刺激を与えているのかもしれませんね。これこそ、私たちの狙いのひとつですが、日本人も負けずに頑張って、切磋琢磨してほしいです」
これは日中両国の高校生がともに学ぶ教室での象徴的なエピソードだろう。
同校が中国人学生を受け入れるのは、何も偏差値を上げることや少子化対策ということだけではない。中国の勉強熱心な学生が飛び込んでくることによって、日本の高校生に刺激を与え、「よし、自分たちも頑張ろう!」という学習意欲が湧けばという思いがあるのだ。
また、違うバックグラウンド(背景)を持つ学生と一緒に生活する中で、知らず知らずのうちに異文化交流ができるようになり、国際的な視野を持った子どもに育っていくという効果も生まれる。むしろ、こちらのほうが、日本人の子どもたちにとっても、同校に通う大きな魅力となるかもしれない、と私は思った。
実は、取材を進めていく過程で気がついたことだが、同校に限らず、日本の有名進学校にはかなりの中国人学生がいるという。学生の国籍別データはないものの、進学校として名高い筑波大学附属駒場高校や開成高校、灘高校などにも、中国出身(両親の仕事の都合で子どもの頃に来日)の学生などが増えているという話をあちこちで聞いた。
子どもが都内の有名難関校に通っている私の知人はこういう。
「うちの子どもの学校では、中間試験や期末試験が終わるたびに、廊下に優秀な生徒の成績が貼り出されるんですが、つねに優秀者の上位に名前があるのは日本人ではないようなんです。中国人や韓国人っぽい名前だとか。ここ数年、とくに顕著らしく、父兄の間でも評判になっていますよ」
私は驚くとともに、十分あり得る話だなと思った。中国人学生は、本人が留学生のビザを取得してきている場合もあれば、両親が10~20年前に留学や駐在員として来日し、そのまま日本で育ったというケースもある。中国人は子どもの教育にとりわけ熱心だ。国籍がどこであれ、日本で育てば日本語はネーティブになり、日本人と何の違いもない。日本の有名進学校に進学し、そこで頭角を現す子どもがいても、何の不思議もないだろう。
また、中国人高校生の日本への留学も増える傾向にある。文部科学省の最新データ(2013年度)によると、中国から日本へ3カ月以上留学する高校生の数は1年間に536人だった。調査を開始した1992年には43人だったが、2006年には371人、2008年には504人で、東日本大震災の年を除いて、ずっと伸び続けている。3カ月未満の短期留学も増えており、全国の高校で、短期・長期の中国人高校生の受け入れが積極的に行われているのである。そういえば、私が数年前に取材した北京の有名高校、中国人民大学附属高校でも、毎年、東京の武蔵高校に短期留学生を送り込んでいる、と話していた。
■留学の低年齢化
さらに、「留学生のさらなる低年齢化」という新しいトレンドも押し寄せてきている。
法務省によると、これまで「留学」ビザの在留資格が与えられるのは高校生までだったが、2014年に法律が改正され、小中学生にも認められるようになった。親類など保護責任者が日本にいるなど一定の条件を満たせば、小中学生にも「留学」ビザが下りるようになったのだ。
私の知り合いに「留学」ビザで小中学生の子どもを来日させている中国人はいないが、子どもの日本での教育を視野に入れて、日本にわざわざ法人を作り、子どもを都内の区立小学校に通わせている友人はいる。彼女は日本留学を経て、日本で働いた経験があったが、結婚後帰国し、現地で日本関係のビジネスを開始。以前は中国を足場に日本に出張する生活を送っていたが、子どもの教育を考え、昨年、都心の一等地に新居を構えた。
彼女は「中国の画一的な詰め込み教育よりも、日本で伸び伸びと過ごさせてあげたいと思ったのです。日本に来れば日本語もできるようになるし、中国の子どもたちとは違う経験をさせてあげられる。日本は空気もおいしいし、生活環境すべてにおいて質が高いので、ここで生活するのが子どもにとって幸せだろう、と考えました。日本語も英語も勉強させて、将来は日本でも、欧米の大学でも、どこでも好きなところに行かせてあげたい」と話していた。
暁星国際高校のように、中国人高校生の留学が増えている、というだけでも私には驚きだったが、今後さらに低年齢化は進んでいくのではないだろうか。
東洋経済オンライン 10月22日(土)