中学受験 リーマンショック以後、久々の受験者増加

2016.3

毎年3月初め、各中高一貫校のその年の入試結果報告が集計された直後に開催される安田教育研究所(代表:安田理さん)主催の「中学入試セミナー」。主に首都圏の私立中高一貫校、学習塾、教育関係者を対象にしたこのセミナーは、保護者向けの中学受験セミナーとはまた違った角度から、その年の中学受験について知ることができます。では、2016年度の入試からどんなことが見えてきたのでしょうか? 専門家の報告、見解をリポートします。

 

 


■都心の区が、受験者増加のけん引役。大学付属校の人気が高まる

 栄光グループの教育コンサルティング会社、エデュケーショナルネットワーク(東京都千代田区)の調べによると、2016年度の首都圏(群馬県を除く1都5県)の中学受験者数は、公立中高一貫校を含め5万5200人(※小6児童数は34万3000人)。サンデーショックの影響があった昨年入試と比べ、約500人の増加が見られました。

 実態を詳しく見てみると、大きく増加しているのは東京23区のみ。中でも勢いがあるのは千代田区、中央区、港区、新宿区、文京区、目黒区、渋谷区、中野区、世田谷区の9区で、受験者数の増加は、このエリアの受験者数がけん引力となったと考えられます。

 そのほか、吉祥女子(武蔵野市)の人気により東京多摩地区、県立東葛飾中高一貫校(柏市)の新設により千葉県、法政大学第二(川崎市)の共学化により神奈川県でも増加が見られました。一方、一部の私立校では中学募集を停止したところもありました。


 そんな中、昨年より受験者数を大きく伸ばした学校もあります。特に目立ったのが、大学付属の男子校、共学校です。

 例えば、立教新座(埼玉・男子校)では、2015年度の受験者数が1514人だったところ、2016年度では1804人に。日大豊山(東京・男子校)では同じく584人が769人に、青山学院(東京・共学校)では518人が743人に、中央大附属横浜(神奈川・共学校)では1226人が1686人に、法政第二(神奈川・共学校)では998人が1416人に、日本大学(神奈川・共学校)では1178人が2167人にと、受験者数が大幅に増加しました。

 「これらの背景として考えられるのが、2020年から始まる大学入試改定への不安視です。入試の内容が変わることは分かっていても、具体的にどう変わるかが不透明な今、確実に大学進学が保証されている付属校に人気が高まっています」(安田理さん)

 ちなみに、首都圏の2016年度入試で応募者数が最も多かったのは、昨年同様に、男子校は都市大付属(3734人)、女子校は豊島岡女子(2922人)、共学校は栄東(1万290人)でした。
 2009年に武蔵工大付属から改称した都市大付属は、新設当初から相変わらずの注目が集まりました。また、近年、東大への進学実績を伸ばしている豊島岡女子は、御三家女子の併願校として、理系を目指す女子の人気が集まっています。埼玉県の栄東は、県内の進学校である上、東京都・神奈川県から本番前の“お試し受験”として受験をする児童が多いことが人気の理由といえます。

 

 

■急増する国内生向け英語入試。「グローバル」に受験生は集まったのか?

 近年、少子化が加速する中、私立中高一貫校にとっても生徒募集の確保は厳しい状況になっています。そんな中、数年前から特徴のある入試として、帰国子女とは別に国内生向けに英語入試を実施する学校が増えています。2014年度は11校が実施し、2015年度では新たに18校、そして2016年度は新たに21校とその数を徐々に増やしているのです。また、一つの学校が複数回、英語入試を実施する場合もあり、英語入試のみで中学受験をすることも可能になってきています。

 しかし、実際そういった英語入試にどれだけの受験者が集まったか調べてみると、必ずしもすべての学校が人気だったとはいえないようです。人気を集めたのは、山脇96人、三田国際65人、広尾学園54人、公文国際44人、都市大付属25人、大妻中野21人、工学院17人などで、募集はしてみたが数名しか集まらなかった、または応募者0だったところも多く、1都5県の応募者数の合計はせいぜい500人程度だったと推測されます。

 この現状を、安田理さんはこう解説します。

 「応募者が多く集まった学校は、既にある一定の評価がある学校や、帰国生の受け入れを増やしている学校など、『信頼性に裏打ちされた期待感』が前提になっており、英語入試を始めたからといって、すべての学校に生徒が集まったわけではありませんでした」

 「当研究所に寄せられた保護者の声の中には、『わが子には自分のように英語で苦労はさせたくない』という思いから、帰国子女やネーティブ教員の多さを学校選びの基準にし、英語教育に優れた学校を探す家庭が増えています」

 「また、世界を見て肌で感じてきた家庭は、国内の大学合格実績などよりも、グローバリゼーションを意識した学校への期待を高めているようです。英語やアクティブラーニングなど、将来子どもに必要となる能力を伸ばしてくれる学校を希望しているのです」

 「これまで中学受験をする家庭は、学校に対して“同じような家庭層”を求めていました。しかし、今は似たような生徒同士で学ぶことよりも、多様性や子どもの視野を広げてくれる環境を求める家庭が増えています」

 こうした背景は、今年度の入試にも表れました。新設クラスでは、大妻中野の「グローバルリーダーズコース」、山脇学園の「クロスカルチャークラス」、開智日本橋の「デュアルランゲージクラス」など、“グローバル”をキーワードにしたクラスに人気が集まったのです。

 つまり英語入試そのものよりも、本気でグローバルな人材を育てたいという学校の意志が感じられるところに、人気が集まったといえます。

 

 

■変化する中学受験。今、親がわが子に求めている学校とは?

 一方で、依然として「わが子に残せるものは『学歴』」という考えの家庭も多く見られました。同じ学校を受けるのであれば、少しでも難しいコースに入れたいという表れが、今年度の入試は、昨年度よりもさらに強まったようです。

 例えば、淑徳の「スーパー特進東大セレクト」の第1回入試は、昨年の272人から今年は344人に、都市大等々力の「S特選」第1回入試は、昨年の293人から今年は514人と大幅に増加。また、埼玉栄の「医学クラス」は、新設にもかかわらず132人の出願がありました。八王子学園八王子では、普通コースの出願が32人にとどまったのに対し、新設の「東大・医進クラス」には139人の出願があり、より難しいコースへの出願が増える傾向があります。

 親達の動向を受けて、安田さんはこう話します。

 「『グローバルコース』の新設など、次の時代をにらんだ改革を始めた学校に受験者が集まる傾向が顕著です。今はもう伝統校だからといって、人が集まるわけではないのです」

 「大学通信(*)が首都圏の327の学習塾にとったアンケートによると、2014年に親が最も求めている学校は『理数教育に力を入れている学校』でした。それが昨年は『部活動に力を入れる学校』に変わり、今年は『グローバル教育に力を入れている学校』へと変化しています。つまり、親達のトレンドの変化はとても早いのです」
(* 大学通信とは、東京・千代田にある情報サービス会社)
 「しかし、依然として人気が高いのは大学合格実績のある学校です。面白いことに、前年に東大・京大の合格者を一人でも出した学校は、翌年の入試で必ず出願者が増えています。私立中高一貫校にとって、東大・京大に合格者を送り出すことは、生徒募集に大きな効果があるのです」

 グローバル教育への関心が高まる中、依然として学歴重視の家族も多かった中学受験。今はもう伝統校や親が知っている名前の学校が人気のある学校とは限りません。親の時代には聞いたこともない学校や、いまひとつと思われていた学校が、メキメキと力を伸ばしているのです。こうした情報をいち早くつかむことも、中学受験では大事なこと。人気のある学校だからいいのではなく、「なぜその学校は人気があるのか?」に注目し、わが子に合った学校選びをしましょう。

 

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