NIKKEI STYLE 3/19(日)
東京大学合格者数で女子校トップを走り続ける私立桜蔭中学・高校(東京・文京)。4人に1人が東大に進学、しかも生徒の7割近くが理系に進み、難関大の医学部の進学実績も伸びている。女性の医師や研究者、官僚に加え、起業家などの経営者も輩出。「東大に一番近い女子校」の強さの秘密とは何か。東京・水道橋の丘に立つ桜蔭を訪ねた。
「普段はこの教室に4つの黒板が置かれています。ここに生徒たちがドンドン書き込んでいきます」。ひな祭りの3月3日。桜蔭中学・高校の教務主任、小林裕子先生が案内してくれたのはガランとして誰もいない高校3年生の教室だ。2月下旬に東大などの大学入試が終わり、3月10日の合格発表を待っている状況。期末試験の真っ最中のため、午後にはほかの学年の生徒の姿もまばらだ。通常の期間であれば、同校に無関係な男性は決して入室することが許されない空間だが、この教室こそが桜蔭の強さの源泉なのだ。
桜蔭の教室には、通常の学校にある大きな黒板のほか、廊下側のサイド黒板と2つの移動式黒板が置かれる。4つの黒板に囲まれて授業をするわけだが、なんと数学などの教科では、授業がスタートする前の休み時間に、生徒たちが黒板に問題の解答を書き込んでおく。「前の授業の時にAさんは1問目、Bさんは2問目というように振り当て、それぞれ解いて授業前に黒板に書くように指示します」(小林先生)という。数学のほか、英作文や理科の科目でも、チャイムが鳴る前に黒板は、生徒たちが書き込んだ解答で埋めつくされるという。
桜蔭出身で東大理学部物理学科3年生の女子学生は、「数人の生徒が自分の担当の問題について、自らの解答を、黒板にツラツラ書き、それを先生が添削してくださいます。4つの黒板が数式でびっしり埋まっており、はたから見たらなかなかすごい光景だったと思いますね」と明かす。たまたま問題の当たった生徒が不運というわけではない。全員が予習し、問題は解いておく。これによりスピーディーで効果的な授業を展開できるわけだ。
筑波大付属駒場中学・高校(東京・世田谷)名物の「巨大黒板」や、灘中学・高校(神戸市)の教室の前と後ろの黒板に、それぞれの生徒がスラスラと難問を解く姿を筆者は取材したが、4つの黒板にしかも授業前に問題を解いておく学校など聞いたことがない。しかし、「宿題はたくさん出ますし、予習は当たり前です。本校はコツコツまじめな生徒が多いですから、うまく学習のリズムに乗れるよう指導しています」と、桜蔭中学・高校校長で、学校法人桜蔭学園理事長の佐々木和枝氏はこう話す。
4つの黒板とともに桜蔭の特徴がノート術だ。「ある生徒は、ノートの左側ページに自分の解き方を書き、右側に先生や他の生徒の解き方を写し、比較して、考えながら自分独自のノートを作成していきます」と佐々木校長は話す。各担当の教師は生徒のノートのチェックも頻繁に行う。国語の教師でもある斉藤由紀子教頭は「授業が終わったら、アトランダムに4~5人のノートを集めてチェックします。授業の内容をどこまで理解しているか一目瞭然になります」と話す。生徒も「コツコツまじめ」だが、先生もまめで熱心だ。
桜蔭中学・高校の1学年の定員数は240人、5クラス編成だ。2017年は東大に63人が合格、4人に1人以上が進学している。同時に4人に1人が難関大などの医学部に進み、女子校では断トツの進学実績だ。東大や難関大医学部の合格率で見ると、東大合格36年連続トップの開成高校(1学年の定員数400人)と遜色ない。「特に医学部に強い。100人以上が合格するなど進学校全体でもトップの水準だ。東大理一や理二より難関の東京医科歯科大学の合格者でも、開成などを抑えトップを走っている」と東進ハイスクールなど進学塾の関係者は話す。
桜蔭中学・高校の佐々木和枝校長
なぜ桜蔭は理系に強いのか。佐々木校長は「そもそも男子は理系、女子は文系という考え方が偏見じゃないでしょうか」と話す。佐々木校長は桜蔭からお茶の水女子大に進学し、化学の教師となった。「この環境だと、何でも女子がやらなくてはいけない。実験で重いモノを持ったりする力仕事も、運動会の応援団長もです。男女共学校なら、いつの間にか男と女の役割が分かれ、男は男らしく、女は女らしくを求められる傾向があるかもしれません。しかし、桜蔭にはそんなバイアス(ゆがみ)はかかりません。もともと理系に強い女性はたくさんいますよ」という。
桜蔭出身で、女性経営者として史上最年少で会社を上場させた経沢香保子氏。現在はベビーシッターサービスを手掛けるキッズライン(東京・港)を経営している。桜蔭時代について「男子に頼ることができないので、何でも自分たちだけで解決しようという自立心が育まれた」と話す。
しかも桜蔭は理系のクラブが充実している。数学、化学、物理、生物、天文気象の5部があり、文化祭の時には校内に「サイエンスストリート」ができる。「ここでの面白い催し物を見学して桜蔭志望になる生徒も少なくない」(斉藤教頭)。その結果、桜蔭に理系好きの女生徒が集まる。
桜蔭の専任教師は56人。うち9割は女性教師だ。「普通の女子校よりも女性教師の割合が高いかもしれません。様々なネットワークを活用して優秀な人材を採用していますが、3分の1ほどが桜蔭出身者だからでしょうか。男性の先生方もいずれも優秀な方たちです」(佐々木校長)という。まさに『女の園』だが、理系の女性教師が多いことも理系志望の増加につながっているのかもしれない。
ただ、桜蔭は決して『ガリ勉女子』の集団ではない。クラブ活動も盛んで、中1から高2までは必修なので、生徒は全員いずれかのクラブに属す。体育大会や文化祭、修学旅行など各行事にも力を入れている。例えば、体育大会は中1から高3まで5クラスを縦に割って5グループに分かれて競う形とするが、リーダーシップは高3や高2が担う。
「先輩が中1など後輩の面倒を見るが、優しくて文武両道に優れた『格好いい』先輩が憧れの対象になる。その先輩が、受験で希望している大学に合格すれば、自分もとなる」。運動会をバネに先輩後輩の関係を重視する開成中学・高校に似ているが、桜蔭でもこのきずながやる気を起こす引き金になる。
桜蔭中学・高校は1924年(大正13年)、関東大震災の翌年に誕生した伝統校だ
数学や英語などのいわゆる主要教科ばかりを重視しているわけでもない。佐々木校長は「家庭科も大切にしています。中1から高1まで必修。高2、高3でもフードデザインを選択科目に入れている」という。ほかにも書道などの芸術系科目も大切にしている。そして何よりも「礼法」を授業に取り入れている学校は珍しい。もともと桜蔭は1924年に東京女子高等師範学校(現お茶の水女子大)の同窓会組織「桜蔭会」が創立した名門女子校だ。今も佐々木校長自ら中1の道徳の授業を担任と隔週で担当し、「相手を敬う礼の心、相手の気持ちを考えて行動する心」の大切さを伝えている。
進学校のため遅くまで補習授業をやっているかというとこれも違う。原則午後3時10分に授業を終え、クラブ活動をして全員が午後5時には門を出る。「クラブ活動も活発にやっていますが、生徒は時間をうまく使っています。ダラダラとやるのではなく、経験を積み重ねる中で、自ら時間管理ができるようになっていきます」(佐々木校長)という。
「女子校御三家」の筆頭といわれる桜蔭。東大合格者で断トツの実績を上げる一方で、ライバルの女子学院(東京・千代田)や雙葉学園(同)と比べて「地味」という風評もあった。しかし、東大卒タレントの菊川怜さんなど芸能界で活躍する卒業生もおり、イメージはだいぶ変わった。多くの桜蔭生が通う東大受験指導専門塾、鉄緑会(東京・代々木)の冨田賢太郎会長は「昔と違って桜蔭の生徒は明るいし、あか抜けている子が増えています」という。
桜蔭の住所は東京都文京区本郷。実は東大本郷キャンパスまで徒歩10分の至近距離にある。合格者でトップを走る東京医科歯科大学になると、わずか5分のほぼお隣さん。「毎年夏休みに、30人ほどの生徒が医科歯科大の研究室で実験をさせてもらっている」(佐々木校長)という。東大や医科歯科大の空気を間近で感じながら、勉学に励む桜蔭生。難関大は物理的にも心理的にも近い存在だ。
(代慶達也)