中高一貫の男子私立校、海城学園(東京都新宿区)。東京大学の合格者数ベストテンに名を連ねる進学校だが、かつての「スパルタ受験校」というイメージを一新。受験秀才ではなく社会に出て活躍できる人材を育成するため、学校改革を次々断行した。2015年に三菱商事出身の柴田澄雄氏を校長として招き、新たにグローバル人材教育にも挑む。東京・大久保の海城を訪ねた。
■元商社マン、招かれて校長に
「文化祭、彼女来るの?」
「来るわけないだろう。というか、彼女なんていないよ」
中国語や韓国語、ベトナム語が飛び交い、「アジアタウン」と呼ばれるJR新大久保駅周辺。9月13日の午後3時を過ぎると、冗談を言い合う男子中高生の集団が次々姿を現した。約2千人が通う海城の生徒たちだ。
海城中学・高校といえば、都内では筑波大学付属駒場中学・高校や開成中学・高校、麻布中学・高校に次ぐ男子進学校として知られる。1891年に海軍予備校として創立された伝統校だが、現校長は異色の人材だ。
柴田校長は三菱商事の出身。鉄鋼輸出部門におり、韓国やサウジアラビア、タイなど海外経験も豊富だ。40年に及ぶ商社マン人生の後、国際教養大学(秋田市)の特任教授となり、グローバルビジネスについて教えていた。
海城は、この四半世紀、3次にわたる改革を推し進め、次はグローバル人材教育に乗り出そうとしていた。両者の接点はそこにこそあった。海城が学校改革をスタートさせたのは創立101年目の1992年。当時は東大合格者が30人を超え、進学校としてブランド化していた時期だったが、なぜ改革にカジを切ったのか。
■東大留年率が高い
長年現場で改革に携わった校長特別補佐の中田大成先生は、「海城は『硬派のスパルタ受験校』として東大合格者をどんどん伸ばしていましたが、海城生は他校生に比べ東大に入ってからの留年率が高いという不名誉なご指摘をいただいたりもしていました。要は受験勉強で燃え尽きてしまって、入学した後に持続的に学問・研究に取り組めない。これじゃ建学の精神にうたう『国家・社会に有為な人材の育成』に反する。それで原点に立ち返って人間力と学力をバランスよく兼ね備えた人材を育成しようと、改革を始めたのです」という。
92年を改革元年として、海城中学の入試方式も詰め込み型の知識量を問う問題から論述形式に変え、6年間の教育も一貫して「考える、話す、書く」を基本とすることにした。生徒会やクラブ活動を活発化させ、高校入試を廃止して完全中高一貫制に改めた。30人の帰国子女枠もつくり、多様な生徒を求めた。
「新しい人間力を高めるため、PA(プロジェクトアドベンチャー)とDE(ドラマエデュケーション)もやっています」(柴田校長)という。横文字が並ぶが、PAというのは米国ゆかりの体験学習プログラムだ。中学1年生は入学して1カ月もすると、東京西部にある「高尾の森わくわくビレッジ」に連れて行く。PA専用の施設を使って、チームをつくって様々な課題を解決していくという試みだ。DEは特にユニークだ。中学2、3年生の全生徒が、自らドラマを創作するという。
■プロの指導でドラマづくり
中学2年生の6人程度で1つのチームをつくり、大久保の近所の中高年の人たちや教員の知り合いの方々にそれぞれの人生を語ってもらい、その聞き書きをもとに芝居を創る。その創作過程を通じて生徒たちは対話能力や協業の力を身につける。3年生になると、修学旅行がテーマとなり、グループごとに撮ってきた1枚の写真をテーマに、芝居を創作・構成する。指導に当たるプロの舞台演出家からは、相手に届かない独りよがりな表現に対しては、強烈なダメ出しが繰り出されることもあるという。
こうして数週間にわたり芝居づくりに励み、保護者も呼んで発表会を開く。3年では人間関係を築く力に加えて創造する力も養う。「以前、修学旅行で中学生を函館に連れて行った時、地元の朝市の人たちと触れ合ったり、まともに対話したりできなかったことがありました。今ではDEを通じて対話とホスピタリティーの力がかなり高まりました」(中田先生)という。
新たな学力向上のため、中1~中3の3年間、週2回の「社会科総合学習」という授業ももうけた。政治、経済、文化、科学など様々なテーマで、中1の時から自分で調べて毎学期リポートを書く。
中3の時には原稿用紙30~50枚の「卒業論文」を書き上げる。面白いのは取材や調査のため、「電話でアポイントを取るところからすべて自分で行うことです」(柴田校長)。SNS時代を迎え、「電話が苦手」という若者が増加しているが、海城生はそれでは許されない。
■国公立医学部に35人
海城は医学部の進学率が高いが、これも医療現場を取材して論文を書く過程で、「医師はやりがいがある」という意識を持つ生徒が増えているため。社会科総合学習は将来のキャリア教育にもなっている。
海城の1学年の定員は320人。17年の合格実績は東大49人、京都大学6人、一橋大学17人、東京工業大学11人、そして国公立大学医学部医学科は35人。受験一本という教育方式を改めたが、92年以降も高い進学実績をあげている。海城OBは「スパルタのイメージは全然ない。先生の面倒見がよくて、仲間とのつながりは卒業後も強い」という。
一流大学の進学実績では、筑駒、開成、そして灘中学・高校が全国トップ3という位置づけは変わっていない。しかし、2番手校の競争は激化、ランキングは大きく変わった。海城のライバル、巣鴨高校や桐朋高校、東京学芸大学付属高校など国立大付属校も進学実績が伸び悩んでいる。一方で台頭したのが都立日比谷高校や神奈川県立横浜翠嵐高校などの公立高校、そしてグローバル人材教育を標榜する渋谷教育学園幕張中学・高校だ。
■モンゴルの進学校と提携
競争が激化する中、海城は改革を次々実施。柴田校長のもとで今年度からは「KSプロジェクト」と呼ぶ新たな取り組みにも着手した。KSとは「Kaijo School」の略だ。従来の授業の枠を超え、個性的な人材を育成するのが狙いだ。その一講座として9月から始まるのが「新城門プロジェクト」というモンゴルの小中高一貫の進学校「新モンゴル校」との提携事業だ。新モンゴル校は海外の名門大学にも多くの留学生を送っているが、日本の医学部への進学を希望する生徒が増えているという。
しかし、国立大は2次試験の数学が難しい。そこで3カ年計画で、海城と新モンゴル校両校の医学部志望者が、切磋琢磨(せっさたくま)する場として「国公立医学部数学講座」を開設。海城の数学教師の講義を音声・動画通話ソフト「スカイプ」を活用して配信する。両校の生徒が数学だけではなく、医療に関する様々な討論もするという。全く違う環境の人材は互いに刺激しあい、モチベーションが高まったり、新たな発想が生まれたりする可能性もある。
■ITの有力起業家も次々
欧米や中国と提携する高校は出始めているが、モンゴルの提携校というのは聞いたことがない。斬新なアイデアを出したのは、海城の数学教師だという。柴田校長は「現場からの声で改革しないと成果が出ません。海外とつないだり、支援したりするのが私の役割です」と話す。
改革元年以降、海城はユニークな研究者や起業家も輩出している。歴史書「応仁の乱」がベストセラーになった国際日本文化研究センター助教の呉座勇一氏のほか、ドリコム社長の内藤裕紀氏、じげん社長の平尾丈氏など有力ベンチャーの起業家が次々生まれている。「東大スパルタ受験校」というイメージを一新、グローバル人材育成に本腰を入れる海城。改革の手は緩めそうもない。
日経スタイル 2017.10.31