逗子開成中学の名物行事「ヨット実習」。豊かな自然環境を活かしたこの実習で、生徒たちはどんなことを学ぶのだろうか。
逗子開成中学・高校は1903(明治36)年、私立東京開成中学(現・開成中学・高校)の校長だった田邊新之助が豊かな自然環境を求めて開校した。地の利を生かし、相模湾を学びの教材としてヨット実習や遠泳などに取り組む。拠点の海洋教育センターは逗子海岸の砂浜に直結、学校から海まで「徒歩0分」だ。
なかでも「ヨット実習」は名物行事。ある日の1年生実習。遅れた最後の1艇が沖から戻ると、待ち構えていた生徒たちが駆け寄りヨットを浜まで引き上げた。操縦していた生徒は言う。
「風をつかまえることができなかった。進もうとしても、クルクル回ってしまいました」
実習中は救命艇が見守るが、ヨット上ではひとり。風向きや波の変化など、予想外のことが起きても自ら判断して行動するしかないのだ。中学3年間で計4回、湾を10~20分かけて帆送するが、ここまでは他校でもありそうな取り組み。なんと同校では、ヨットを生徒自身が中1の秋から、半年間をかけて手作りし、完成させるのだ。
狙いについて、高橋純校長は「初めてのヨット実習を、怖いと感じる生徒も多いよう。海を恐れることも大切な学び。その気持ちを克服しやり遂げた後はいい顔になって戻ってきます」。生徒側も受け止めている。中学生徒会長の和田大樹さん(中3)は藤沢市の海沿いで生まれた。海洋教育に惹かれて同校に入り、部活はヨット部へ。「自分が作ったヨットで海原へ出たときには、感動しました。勉強は一人でできますが、ヨットは作るときも運ぶときも一人ではできない。仲間と協力する大切さをヨットから学びました」と話す。
2014年には東京大学海洋アライアンス海洋教育促進研究センターと提携を始めた。講師が来校して、海洋学特別講義を実施。中3生はテーマを決めてグループ学習を行い、昨年は津波や深海生物研究、漁業従事者を訪れて「漁師体験」をレポートし、成果を文化祭で発表した。
高校では学びが本格化する。希望者は海洋人間学講座に参加。有志でプロジェクトを立ち上げ、東大の研究室を訪ねたり、講師のアドバイスを受けたりしながら、より専門的な研究に取り組むのだ。5月にあった「JPGU&AGU Joint Meeting
2017」(日本地球惑星科学連合・アメリカ地球物理学連合共催)では、2チームがポスター発表を行った。この講座がきっかけで大学の海洋学部に進む生徒もいる。
ニュージーランド(NZ)でワイナリー「フォリウム」を運営する岡田岳樹さん(38)は1997年の卒業。北海道大学で農学を、カリフォルニア大学デービス校で醸造学を学んだ後、NZのマールボロ地方で修業、10年に独立した。
「6年間自然豊かな環境で、のびのび過ごしました。自然相手の仕事を選んだのも中高時代の影響かも。ヨット実習で無風の日、浸水して必死に水を掻き出しました。思い通りにいかないのはワイン造りも同じですね」
海洋教育センターからは湾が一望でき、晴れた日は砂浜でランチをとる生徒も。「海を眺めていれば、鬱々とした気持ちも吹き飛ぶ。それだけでも本校は海から恩恵を受けています」と高橋校長。海という教師が学びを豊かにしている。
※AERA 2017年11月6日号より抜粋