大学受験に有利なだけが中高一貫校じゃない

例年にも増して暑かった今年の夏休み。来春、あるいは再来春の中学受験を目指して塾の夏期講習でみっちり勉強した小学生も少なくないだろう。


 「中高一貫校では先取り学習ができるから大学受験に有利だ」

 これは通説ではあるが、100%正しくもない。中高一貫校が大学進学でよい実績を残している場合が多い理由は、先取り学習だけではないのだ。

 中高一貫校の最大の魅力は、高校受験をしなくていいことにある。

 といっても、全国の中学3年生が受験勉強をしているときに、中高一貫校では、のんびりできる精神的な優越感があるという意味ではない。高校受験がないので、少なくとも中学生のうちは、テストで点数を稼ぐことよりも、もっと本質的な勉強に時間をかけることができるという意味である。

■ 中高一貫校のメリットは先取り学習ではない

 たとえば理科では、実験やレポートに時間をかけられる。社会では、フィールドワークやディスカッションやプレゼンテーションに時間をかけることができる。

 数学でも、たとえば「ピタゴラスの定理」の証明方法を、クラスのみんなで何通り発見できるかなどということに時間をかけることができる。もちろん英語でも、覚えた英単語の数を競うのではなく、より実践的な英語を繰り返し練習できる。

 灘中学で行われていた『銀の匙』の授業を知っている人も多いだろう。橋本武教諭による名物授業。たった1冊の小説を、中学の3年間をかけてじっくり読む。「超スロー・リーディーング」などといってメディアでも話題になった。

 たとえば物語の途中、凧揚げについての描写があれば、実際に凧を手作りするところから追体験する。難産という言葉が出てきたときには、自分の生まれたときのことを両親に聞いて作文させる。これぞ「真のゆとり教育」ではないだろうか。

 中学生のうちに目先の1点2点を気にしなくていい分、「真のゆとり教育」を行うことができて、しっかりと学力の土台を作ることができる。家を建てることに例えるなら、基礎工事にじっくりと時間をかけるようなもの。

 また、中学生のうちにどんなふうに教えれば、高校になってから伸びやすいのかを、中高一貫校の教師は体感的に熟知している。高校受験での成果を気にしなくていいので、自信を持って「急がば回れ」的な指導を実践できる。

 だから、中高一貫校では、本格的に受験勉強が始まったときに、高い学力を達成しやすいのだ。

■ 多感な時期を高校受験につぶされない

 中学3年の夏休みに海外語学研修にでかける中高一貫校も少なくない。習いたての英語を実際に試してみる機会にもなるし、何より自分の将来を考えるうえで、海外にも目を向ける機会になる。

 そのほか、山登り体験、海浜学校、ボランティア体験など、普段の生活では味わえない経験を積むような機会を、ほとんどの中高一貫校がこの時期に用意している。

 思春期という多感な時期は、将来の人生観、生き方を左右するという意味で非常に重要な時期だ。たくさんの人と出会い、たくさんのものを見て、感じて、たくさんの経験を積み、たくさんの感動や葛藤を味わう中で、自分の価値観や自分らしさに気づいていく。

 勉強に身が入らなくなることもある。大人が提示する価値観に疑問を感じ、思い切り反抗してみることもある。一見面倒くさいそれらの経験がすべて、後の肥やしになる。

 

 そんな時期に紙と鉛筆だけで世の中を学ぶことは、思春期の少年少女の精神的な発達上、本来好ましくないことは誰でも直感的に理解できるのではないだろうか。思春期こそ、特に反抗期の頃こそ、子供たちは旅に出て、冒険して、たくさんの感動を得て、たくさんの失敗を経験しなければならない。そうやって人生の基礎を、しっかりと、広く、作っておかなければいけない。

 そんなときに、机にかじりついているだけではもったいない。そういう意味で、多感な時期を高校受験につぶされないというのは、中高一貫校に通うメリットの中でも特に大きなものである。

■ 高校受験があることが、日本の教育の最大の欠点

 逆にいえば、日本の学校制度の最大の欠点はそこにある。人生の中でももっとも多感な時期を、受験勉強に奪われてしまう。

 たくさんの感動と葛藤を味わい、自分らしさを築いていくべきときに、旅に出られない。内申書が気になるから、思い切り大人に反抗してみることもできない。

 15歳の春に同学年のほとんどの子供たちが一斉に受験をして進路を決めなければいけない、現在の日本の学校制度は、子供の精神的自立に欠かせない反抗期を、漂白してしまう作用がある。

 それであとから、今の若者たちには「夢がない」だとか「精神的に自立できていない」だとか「自分らしさがない」などと勝手なことを言うのが今の世の中。ほとんど卑怯ではないか。

 親の立場からしてみても、日本の学校制度は大変だ。反抗期には、ただでさえ子供は親のいうことを聞かなくなる。本当ならいろいろな話をして、アドバイスを授けたいところ。しかし親がよかれと思ってしたアドバイスに、子どもが過度に反発するということもある。そんなややこしいタイミングで、将来を大きく左右するかもしれない高校受験に、親子で取り組まなければならないのだ。

 親子関係のもつれのせいで、勉強に力を発揮できない受験生も多くいるだろう。15歳の春に高校受験という大イベントがあることは、子供にとっても親にとっても間の悪いことなのである。

 ただし、私立中高一貫校に通うにはおカネがかかるという現実もある。通学可能圏内に中高一貫校が存在しない地域も多い。中高一貫校という選択が、誰にとっても身近な選択肢になれば望ましい。もし選択可能な恵まれた状況にあるのなら、中高一貫教育を選択することに損はないと言いたい。